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Back To 高知家の◯◯!高知県民思い出の味!ほんのり甘い「あぜち食品」のポップコーン

       

この情報は2024年8月14日時点の情報となります。

これまでたくさんの記事をご覧いただいている「高知家の〇〇」ですが、その中でも人気だった記事や、まだまだみなさんにご覧いただけていないおススメ記事を「Back To 高知家の○○」としてご紹介します!
今回は2019年6月8日にご紹介した、高知で親しまれるほんのり甘いポップコーンを作る「あぜち食品」を取材した記事です。
これまでご愛読いただいている方も、初めて来たよという方も、是非お楽しみください!


(画像提供:あぜち食品)

高知でポップコーンといえば、ほんのり甘いシュガーコーンが定番。
こちらのシュガーコーンは50年以上前から高知で親しまれていて、現在でも県内各地のスーパーなどで見かけることが多い。映画館で食べた!という方も少なくないはず。

また、ひな祭りの時期になればお店に並ぶ「花きび」を楽しみにしている人も多いはずだ。


(画像提供:あぜち食品)

これらの商品を製造しているのが、高知市にある有限会社あぜち食品だ。

今回、和田しほこ社長に「食べられる緩衝材」のお話を伺った。

 

食べられる緩衝材!?

こちらが「食べられる緩衝材」。箱の中に入っているのが商品の、石の形をしたチョコだ。こんな形で、商品を梱包する際に、緩衝材として同梱しているという。
以前この緩衝材をお客さんがtwitterにあげたことで話題となり、全国から注文が殺到した。

2006年からおまけとしてこの緩衝材を同梱していて、お客さんからは嬉しいサプライズとして好評だ。

 

製造現場に潜入

今回は特別に製造現場を見せていただけた。
ポップコーンを作るのは、和田社長のお母さん。トウモロコシと塩を専用の器具にザーッと流し込む。

こちらがポップコーンを作るガス釜。

ポップコーンが勢いよくポンッと弾け飛ぶ。
今回は塩味のポップコーンだったが、大変なのはキャラメル味などのフレーバーものを作る時。手元や顔めがけて飛んでくるポップコーンに、キャラメルが飴状に絡んでいて、とてつもなく熱いんだとか。

ガス釜から、モコモコとポップコーンが溢れ出てくる。

こちらは、バザーなどのイベントに人気の1kgのポップコーン。クッションほどの大きさの袋にポップコーンがぎっしり詰まっている。こんなに大量のポップコーンを見たら、子どものテンションは上がるに決まっている。

今では、毎日全国から注文が入るというあぜち食品。
元々は乾物の卸売業だったというあぜち食品だが、なぜポップコーンの製造をするようになったのだろう。

 

乾物の卸売業から、ポップコーンの製造を手がけるまで

今回お話をお伺いした和田社長は2代目。あぜち食品を創業したのは、先代である和田社長のお父さんだ。

和田さん:創業当時行なっていたのが、乾物や豆類など卸売業です。地元のスーパーや酒屋さんなどに商品を卸していました。

なぜポップコーンを作るようになったんですか?
和田さん:転機が訪れたのが、平成15年。今から16年ほど前に、当時シュガーコーンや花きびを作っていた久保田商会という会社が閉鎖することを知った母が、「この味を無くしたらいかん。お父さん、うちで作ろう!」と先代社長を説得しました。閉鎖を知ってから1時間も立たないうちに事業を引き継ぐことを決め、先代社長が製造の引き継ぎができないか、すぐさまかけ合いました。

卸売業から、畑違いのポップコーンの製造へ。大変ではなかったですか?
和田さん:試行錯誤しながらのポップコーン製造でしたが、引き継いだ「この味」を無くしてはならないという思いと、「思い出の味」というお客様の声に背中を押されて続けてこれています。

どこか懐かしさを感じるあぜち食品のシュガーコーン。「また食べたい」という気持ちに答えられるのも、あぜち食品が消滅の危機を救ったからこそ。

ポップコーン緩衝材が生まれた背景には、人情味あふれるあぜち食品の熱い思いがあった。

 

企業情報

あぜち食品

住所:高知市大津甲595-6
電話番号:088-866-5453
http://azechifoods.com

文/長野春子