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【高知グルメPro】地元愛されイタリアンから人気の和食屋に夜の〆の屋台餃子までそろう「廿代町」のおススメグルメ6選 食いしんぼおじさんマッキー牧元の高知満腹日記セレクション
この情報は2019年5月20日時点の情報となります。
立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、年間600回外食をし、料理評論、紀行、雑誌寄稿、ラジオ、テレビ出演を超多忙にこなす食べ歩きストのマッキー牧元さんが高知の食材・生産者さんをめぐって紹介する「高知満腹日記」。
そばを食べるのに、こんなに適した場所はない。
その店は、人里離れた山奥に、ぽつねんと佇んでいた。
山中の閑居、蕎麦屋「時屋」である。
「時屋」は、愛媛県との県境に近い、寒風山や冠山、長沢山などが連なる、高知県吾川郡いの町に店を構える。
道路から沢に向かって降りていくと、その店はあった。
「時屋」と書かれた白いのれんが揺れている。
「いらっしゃいませ」。
店に入ると、誠実そうなご主人と奥様に出迎えられた。
店は傾斜に張り出すように建てられている。
渓流の勇ましい音が流れ、葉がそよぐ微かな音と小鳥の鳴き声が、響きあう。
もうこれだけでいい。
都会の汗が落ち、本来の自分の時間が戻り、心が安寧に包まれる。
そば前に、三点盛りの酒肴と、胡麻豆腐、そば味噌、そばがき、天ぷらとお酒をいただくことにした。
菜の花辛子醤油和え、近所の渓流で獲ったという、しっとりとして柔らかいアマゴの有馬煮、優しい甘さの中からほろ苦い春が顔を出す、つくしの佃煮という三点盛りは、楚々としたこの地の恵みである。
胡麻豆腐は香り高く、そばがきはぽってりとして、口に入れると香りだけを放ちながら、淡雪のように消えていく。
天ぷらは、ふきのとう、インゲン、三種類の麩、銀杏、サツマイモ、かぼちゃ、なす、シソ、海苔という布陣である。
酒が進む。じっくりと進む。
陽光が指す山々の景色を眺めながらの昼酒ほど、幸せな時間の過ごし方はないだろう。
さあそばが運ばれて来た。
すかさず手繰る。
ずるるるっ。
そばの香りが喉にぶつかって鼻に抜けた。
野趣に富む、草の香が漂う。
そばはしなやかで、ほのかに甘みを秘めている。
突然思い立って、窓を開けた。
そばを窓の外に出して陽を浴びさせたのち、再び手繰る。
ああ。 沢や木々の香りと竿馬の香りが入り混じる。
そばを手繰る音と渓流のせせらぎが共鳴する。
そして体に流れ込んだ清涼な空気が、そばを生き生きと輝かす。
長い間、各地で様々なそばを食べて来た。
しかし、これほどまでにそばを食べる幸せが体に満ちる場所は知らない。
高知県吾川郡いの町中野川「時屋」にて